David Fincher監督。
パノラマが夜景となるショットを導入していた。また、ボート競争をするシークエンスにて、音楽の使い方が新しかった。途中から音楽をゆるやかに転調させるのである。これは観客もしくは競技者の形而上音楽であるが、切れ目の無い転調を用いるという手段は、私は本作が初である。
Andrew Garfieldが、恋人にプレゼントを燃やされながら、Jesse Eisenbergからの電話を受ける。これはかわいそうな人間である。このような時・場所が一致した悲劇は、観たことがなかった。
訴訟のシークエンスを軸として、懐古形式としたことで、Eisenbergのストーリー展開、Gerfieldのストーリー展開、Timberlakeや他の人物のストーリー、すべて見せている。懐古形式としたから、ここまでストーリーを展開しても120分に収まる。
ハリウッドの原則、Boy meets girl, Boy loses girl, Boy meets girl againという原則に沿った映画である。ストーリーの前提として、Boy meets girlの場をつくる人間が主人公であるが、ラストで主人公はloses girlする。つまり、この差こそが観客の感性を動揺させる原因にもなっている。そうなれば、ストーリー展開における感動創成について、ひとつの潮流は差の発生にある。この差が、感動の唯一解なのか、複数ある源流のうちの一つなのか、まだ私はわからないでいる。
これら先述の原則について、それぞれのシーンを創成することを舞台とした映画があるようである。Boy loses girlならば『ハートブレイカー』、Boy meets girl againの後、結婚の段階については『ライセンス・トゥ・ウェディング』が既に公表されている。