Leos Carax監督。
フランス監督のある一部は、『カイユ』紙などで映画批評をして働き、その後に監督業を始めている。そのような経歴を持つからか、もしくは自然に、映画に商業性を求めるよりはむしろ芸術性を追求する傾向を持たれているように思う。その場合、ひとつの映画を撮ることに長い期間をかけることもしばしば在る。
本作は映像が非常に綺麗であり、ユーモアに富んでいる。映画世界が、どこか透明になっているように思う。女の部屋は画面の奥が一面ガラスになっている(普通の映画は壁である)。そして観客の視線はその透明な壁を突抜け、その先にある建物の一室のガラス窓を通過し、その住人までを映す。この一面ガラスは、二つのモチーフを同時画面で映すことができる映画的仕掛けなのである。そこでは、奥の住人が二人で愛し合っており、手前では若い二人が愛を果たしきれずに居る。遥か断絶した彼方にある、果たせない理想像がそこには暗示されている。
タップダンスが披露されるシークエンスがあるというのが、良い。映画においてダンスは人間の生命力(身体能力、精神性、霊性共に)を暗示する。