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a-moviegoer’s diary

2014年から1日1本の映画を観ていて感想を書き溜めています。そして今年通算1000本を観ました。これからも映画の感想を溜めていきます。東京都内に住んでいます。

Clockshower (1973) - 時計台の上でシャワーを浴びる様を観る。

1970年代 普通 (好みで)

Gordon matta-Clark製作

本作を観て思い浮かんだのは、『ルパン三世カリオストロの城』に登場した伯爵のラストシーンである。時計台の針の上で、なにかをするという発想が非常に似ている。

はじめ、時計台の台が画面いっぱいに映し出される。すると、左下から男がよじ登っていき、画面の上端を越えていってしまう。そこでカメラがティルトされる。彼はどうも時計の中心まで上ったようだ。その中心から水が流れていき、観客を驚かせる。彼はそこで洗顔をする。

その後、なぜか針に横たわり泡まみれになったシーンが挿入されるのだが、これが何のことを暗示しているのかはよくわからない。立派であるのは、最後にはカメラが引かれ、どこかの都市の中心街であることが示される。これは、日常における通常が通常ではなくなるような、かなり面白いことを実行しているのである。しかし、それが中心街を歩く誰にもおそらく気づかれないので、それは事件の属性を帯びてはいない。そのため、事件から発端するような、映画のストーリーとは異なる。

逆に述べれば、映画のストーリーは、事件性にかなり依存している。すると、本作を観て映画と言い切れないことからわかるとおり、通常が通常でなくなった事を、誰かが認識することで「事件化」させなければならない。事件化のためには、人間の登場が必須になる。