a-moviegoer’s diary

2014年から1日1本の映画を観ていて感想を書き溜めています。そして今年通算1000本を観ました。これからも映画の感想を溜めていきます。東京都内に住んでいます。

Mauvais Sang (1986) - 漆黒の艶を観る。

Leos Carax監督。

画面がすばらしい。夜のショットに富んでいるので、その分だけ漆黒さを帯びるシークエンスが続く。夜の撮影は、ロケーションも含めて調整が大変なので、その志には非常に好感を持つ。アメリカの夜と言って、昼の露光があるショットを夜であるかのように編集する技術があったが、本作はそれに比べたらフランスの生の夜である。そちらの方が艶やかに決まっている。

STBOという感染症がレトロウイルスなのだと設定されているが、わざわざ「レトロウイルス」と指定しているところがまた本作の珍しいところである。つまり、架空のSTBOは性交による感染症なので、同じく性交感染するHIVのようなレトロウイルスを想定している。映画にしたらマニアックである。普通の映画はただのウイルスで済ませるところで、また普通は医学知識が無いのでレトロウイルスという単語まで出てこない。SFのリアリティに対するこだわりが強い。付け加えると、「涙の止まらない血友病」という比喩が出てきて、もう原作か製作のどこかの段階に医学知識のある人間が居たのではないか、と思うしかない。

クローズアップのショットが圧倒的に多い。

川端康成の『雪国』の冒頭に、葉子を電車の窓からみつめる描写がある。本作のジュリエット・ビノシュの登場の場面は、電車ではなくバスであり時刻は夜であるという違いはあるけれども、あの時葉子を車窓から隠れて盗み見た島村の憧憬は、このような映像に近いものを指していたのではないか。優れた小説の一節を読了したことと似た感情を持ったということが、即ち映画を褒めたことにはならないが、これは滅多にないことであった。鏡に映った女はうつくしいのである。